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朝倉通信 10 水車
渡良瀬川の北に、JR両毛線の足利駅があります。 以前は、国鉄と言っていましたが、町の人々は、今も昔も、"両毛駅"とよびます。 上毛野(かみつけぬ)、群馬県の高崎と
下毛野(しもつけぬ)、栃木県の小山を結んで走るので、両毛線です。 蒸気機関車が、ディーゼル機関車に代わったのは、昭和40年くらいだったと思います。 SLは、黒い煙と、白い蒸気をふきあげて、汽笛の音も高らかに毛野の原を走っていました。
下りの列車が、桐生を出るとまもなく、桐生川を渡ります。 大きな川ではありませんが、桐生の、梅田の根本山を源流とするこの川は、いつも清らかで、瀬音が、車窓まで聞こえて来るようでした。 よく、友禅流しをしているのが見られました。 染めた布の、糊を落としているのです。 澄んだ水の中をひらひらと、色どりも鮮やかな布がおどっているのは、ほんとうに美しい眺めでした。
小俣の駅の前に、小高い山があって、いつもてっぺんに日の丸の旗が立っていました。 陸軍の気象観測所だったということですが、それは、ずっとあとでわかったことで、子供の頃は、「あれは、うさぎと亀が競走した山だ」と、信じていました。
小俣から、足利までの線路ぞいに、水車が、いくつも見られました。 家の前の掘割に 水車をかけて、水の力を動力にして、糸練りなどの仕事に使っていたのだそうです。
数えると、全部で十一、ありました。 動いているもの、止まっているもの、ずうっと働いていないように見えるもの、色々でしたが、とにかく、数えて十一あれば、安心でした。 うしろの山々を背景に、両毛線沿いのところどころにある水車は、かわいらしくて、
メルヘンチックで、汽車の窓からかぞえるのが、楽しみでした。
今ではもう、ひとつもありません。 その家の前の水車がはずされて、石組みの台だけが、忘れられたように残っているのは、さびしいものでした。 水からあがって、用もなくなった水車は、どうしたでしょうか。
ちょうど、両毛線から、蒸気機関車の汽笛が聞こえなくなったのとおなじ頃、十一基の水車も、いつのまにか姿を消してしまいました。
1999・5・15
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